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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)1063号 判決 1988年6月16日

上告人

日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

松室肇

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

被上告人

穴山豊民

右訴訟代理人弁護士

村松晃

古井明男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人溝呂木商太郎の上告理由について

自動車損害賠償保障法二条二項にいう「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」には、走行停止の状態におかれている自動車の固有の装置をその目的に従って操作使用する場合をも含むものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和五一年(オ)第九五三号同五二年一一月二四日第一小法廷判決・民集三一巻六号九一八頁参照)、原審の適法に確定した事実関係によれば、(1) 昭和五四年一月三〇日午前七時五〇分頃、原判示穴山製作所敷地内において、折から被上告人の子女のもとを訪れるため右敷地内を通行中の角野順子(当時六歳)が、ラワン材原木の下敷きになって死亡するという本件事故が発生した、(2) 右ラワン材原木は、渡辺信雄が普通貨物自動車(以下「本件車両」という。)の荷台上に積載して同製作所に運搬してきた八本のうちの一部であって、同製作所の経営者である被上告人が、その荷降ろし作業をするため、フォークリフトを本件車両の側面に横付けし、右フォークリフトを用いてこれを荷台上から反対側面下の材木置場に突き落としたものである。(3) 本件車両は、木材運搬専用車であって、その荷台には木材の安定緊縛用の鉄製支柱のほかフォークリフトのフォーク挿入用の枕木等が装置されており、その構造上フォークリフトによる荷降ろし作業が予定されている車両であるところ、本件事故は、被上告人が前記フォークリフトのフォークを右枕木により生じているラワン材原木と荷台との間隙に挿入したうえ、右フォークリフトを操作した結果、発生したものである、というのであり、右事実関係のもとにおいては、右枕木が装置されている荷台は、本件車両の固有の装置というに妨げなく、また、本件荷降ろし作業は、直接的にはフォークリフトを用いてされたものであるにせよ、併せて右荷台をその目的に従って使用することによって行われたものというべきであるから、本件事故は、本件車両を「当該装置の用い方に従い用いること」によって生じたものということができる。以上と同趣旨に解される原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、これと異なる見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官四ツ谷巖 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎)

上告代理人溝呂木商太郎の上告理由

(原判決は自動車損害賠償保障法第三条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一 原判決が引用する第一審判決は、本件事故は貨物自動車からの荷降ろし中の事故であるが、「荷降ろしと駐停車前後の走行との連続性を肯定し得ること、前認定の事故発生場所、被害者及び木材運搬専用車に附属されている装置をその目的に従って利用していた際の事故であること等をあわせ考えると、本件事故は、本件車輌の運行によって生じたものということができる」と判示するが

(一) 自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条の「運行によって」とは、自動車の運行と人身事故の発生との間に因果関係を要するということであり、これを「運行中」、「運行に際して」と同義に解することは許されない。

(二) 前記第一審判決が本件事故が本件車輌の運行によって生じたと認定した理由のうち、荷降ろしと駐停車前後の走行との連続性、事故発生場所、被害者等は、自動車の「運行」に該当するか否かの判断基準にはなり得ても、それのみでは自動車の運行「によって」と認定評価することはできない。

(三) したがって原判決が引用する第一審判決は「木材運搬専用車に附属されている装置をその目的に従って利用していた際の事故であること」のみを理由として、本件事故が本件車輌の運行によって生じたものと認定したことに帰し、これは前述のとおり、自賠法第三条の「運行によって」を「運行に際して」と同義と解する誤った解釈に基くものである。

二 また原判決が引用する第一審判決は、本件事故が本件車輌の運行によって生じたとする理由に「本件車輌はフォークリフトによる荷降ろし作業が予定されている車輌であるから、本件車輌と別個の車輌であるフォークリフトの操作が介在するからといって、運行と事故発生との因果関係が否定されるものでもない。」と附加判示するが

(一) 自賠法第三条の「運行」概念については同法第二条第二項の定義規定を含め解釈上諸説があるが、最高裁判所は「固有装置説」によるものと思料される(最高裁第一小法廷昭和五二年一一月二四日判決民集三一巻六号九一八頁)。したがって運行供用者の損害賠償責任は、自動車の固有装置の操作・使用が人身事故発生の原因力となっている場合に生ずると解すべきである。

(二) 本件車輌の荷台上には、フォークリフトのフォークを挿入できるように枕木が打ちつけられてあるが、本件事故時の木材荷降ろしは、フォークリフトのフォークを右枕木の間に挿入して木材をフォークに登載してフォークリフトを後退移動させるという通常の方法を採らず、フォークで木材を反対側に荷台から突き落す方法で行われ、本件事故は右フォークリフトを操作した被上告人及び訴外渡辺が右木材の落下場所付近の安全に対する注意義務を懈怠したがために生じたものである。

(三) 前記枕木を打ちつけた本件車輌の荷台が荷降ろしに際しフォークリフトの使用を予定した本件車輌の固有装置であり、その操作・使用が本件車輌の「運行」に該るとしても、右車輌の「運行」と荷台上の積荷木材のフォークリフトによる荷降ろし作業とは別異の事柄であるから、フォークリフト使用による荷降ろし作業即「運行」に非ざることはいうまでもない。

(四) したがって前記装置(荷台)を操作・使用しての木材の荷降ろし作業中に生じた事故が、右装置の操作・使用に起因して生じたものであるならば、その事故は本件車輌の「運行」によって生じた事故に該るが、本件事故の原因は前述のとおりであって、右装置の操作・使用は何ら事故の原因となっておらず、前記装置は単に右荷降ろし作業の目的物の存在する場所を提供している関係にすぎないのであるから、フォークリフトを使用した荷降ろし作業中の事故であるからといって、本件事故が本件車輌の「運行」によって生じたものであるということはできない。

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